大判例

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最高裁判所第一小法廷 平成8年(行ツ)100号 判決 1998年4月30日

上告人 岩場達夫

被上告人 富山地方法務局登記官 高井忠司

代理人 山崎裕之

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人水谷敏彦、同青島明生の上告理由第一点について

不動産登記法二一条三項は、登記手数料の額の具体的定めを政令に委任するに当たり、「物価ノ状況登記簿ノ謄本ノ交付等ニ要スル実費其他一切ノ事情ヲ考慮シ」と規定して委任の範囲を画している。右規定は、手数料としての性質を超えない範囲で諸般の事情を考慮すべきことを規定したものであって、「一切ノ事情」という文言があるからといって、登記手数料の額の決定を政令に白紙委任するものと解することはできない。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。同項が憲法四一条に違反するとの所論は、白紙委任であることを前提とするものであって、失当である。論旨は、採用することができない。

同第二点について

原審の適法に確定した事実関係の下においては、登記手数料令及び鉱害賠償登録令の一部を改正する政令(平成四年政令第三四二号。以下「本件政令」という。)一条が登記事務のコンピュータ化の経費を見込んで登記手数料令の定める手数料額を増額することとしたとしても、役務の反対給付としての性質を逸脱しておらず、これをもって租税に転化したとはいえないとした原審の判断は、正当として是認することができる。本件政令が憲法八四条に違反するとの所論は、右増額後の登記手数料が租税の性質を有することを前提とするものであって、失当である。論旨は、採用することができない。

同第三点について

所論の点に関する原審の措置及び判断は、記録に照らし、是認するに足り、原判決に所論の違法はない。論旨は、原審の裁量に属する審理上の措置の不当をいうか、又は原判決を正解しないでこれを論難するものであって、採用することができない。

同第四点について

登記手数料の額を定めるに当たり登記手数料令七条に規定する請求に係る経費を一定限度で考慮の対象に含めることも許されると解すべきであるところ、記録に照らせば、所論の点に関する原審の判断及び措置は、右経費を考慮の対象に含めているとしても経費全体に占めるその割合が大きいものではないことがおのずから明らかであることを前提としていると解されるのであって、是認するに足り、原判決に所論の違法はない。論旨は、原判定を正解しないでこれを論難するか、又は原審の裁量に属する審理上の措置の不当をいうものであって、採用することができない。

同第五点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

上告人の上告理由について

論旨は、原判決の違法を具体的に主張するものではなく、採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判官 井嶋一友 小野幹雄 遠藤光男 大出峻郎)

上告理由

第一はじめに

本件訴訟は、登記事務のコンピュータ化のための財源を登記簿謄本等の交付手数料収入でもって賄うために、本来は実費相当額であるべき手数料額を超える金額を政令によって行政府が決定し、国民に不合理な負担を課していることが違憲、違法であるとして、提起したものである。

一 本件訴訟の意義―国民主権の確保のために

1 行政権の優位と国会の最高機関性放棄の現状

日本国憲法には、立法権は国会に(四一条)、行政権は内閣に(六五条)、司法権は最高裁判所及び下級裁判所に(七六条)それぞれ属すると定められている。この三権分立の目的は、統治権が一つの国家機関に集中すると権力が濫用されて国民の権利自由を侵害するおそれがあるため、権力を分散し、抑制と均衡の原則によって国民の権利自由を保障しようとすることにある。

また、憲法四一条は「国会は国権の最高機関であって、国の唯一の立法機関である。」と定めており、この国会の最高機関性とは、国民の代表としての国会が制定する法律の定めに従って、内閣(行政の最高機関)及び裁判所がその権限を行使する憲法上の仕組をいう。これは、国民主権の原理に基づく行政権に対する民主的統制の意味を持つものである。

この国会の最高機関性に対して、近年行政権の優位が指摘されている。行政権の優位は外国でも一般にみられる現象であるが、特に我が国ではその傾向が顕著である。それは、国会が本来の立法機関としての機能を発揮せず、法律の発案がほとんど行政府によって行われ、さらに政令以下各種の膨大な行政立法(委任立法ともいう)を行政府が制定している現状が示している。ちなみに、現行法律数約一六〇〇に対し行政立法は四〇〇〇を超えると言われている。

国会の最高機関性という憲法の要請に反する行政権の優位には、政治的、社会的及び経済的な要因があることはもちろんであるが、法的に行政権の優位をもたらした重要な原因はいわゆる立法の委任の理論である。次にその委任立法について言及する。

2 委任立法とその限界(本件訴訟の問題点)

委任立法の形式的根拠としては、憲法七三条六号但書で委任命令の制定が間接的に容認されていることが挙げられ、実質的根拠としては、現代社会の変化に即応するためには行政による迅速な対応が必要であり、また、専門的・技術的事項についてはすべて法律で規定することは現実的でなく、具体的事情に通じた行政に委ねることが適切であるからとされている。

しかし、国会を唯一の立法機関として国会に立法権を独占させている憲法四一条に照らして、その委任立法に限界があるのは当然の理であり、一般的・包括的白紙委任は許されず、個別的・具体的な委任でなければならないとされている。具体的には、法律(授権法)に「目的」と受任者の拠るべき「基準」を定めることが必要である。

本件訴訟で問題としている登記手数料令の委任根拠条文には「手数料ノ額ハ物価ノ状況登記簿ノ謄本ノ交付等ニ要スル実費其ノ他一切ノ事情ヲ考慮シ政令ヲ以テ之ヲ定ム」と規定されている。手数料の額を決定するための基準として例示しているものに「其ノ他一切ノ事情」という全く無限定な文言を付加している点が問題なのである。

なぜなら、この条文の解釈によれば、政令制定権を有する行政府は、本来実費弁償金であるべき「手数料」の名目をもって、登記に関する「一切ノ事情」を考慮したと称して、結論的には全く自由に手数料額を決定できるからである。すなわち、手数料額の決定について国会が行政府に白紙委任した条文となっているのである。

また、仮にこのような規定の仕方が許されるとしても、その具体的な金額の決定が手数料の概念を超えた、すなわち委任の範囲を逸脱したものとなっている点が問題なのである。

3 委任立法の限界について厳格な判断を

唯一の立法機関たる国会が行政府に委任立法を授権しうる範囲は、立法権を放棄するようなものであってはならないのは当然である。さらに、国政は主権者たる国民の政府への信託であり、国民主権に基づく行政権に対する民主的統制の要請の下では、行政府が授権された範囲内で合理的な基準に基づいて行動したかどうか、その行動を統制し、行政府の責任を追及しうる手段が確保されなければならない。

そのためには、委任立法は必要不可欠な場合に限られ、かつ、授権の在り方としては、行政府の便宜と恣意による解釈がなされないよう、合理的に説明可能な明確な基準を持ったものであることが求められる。なぜなら、そもそも憲法は、行政府による権力の濫用の可能性があるため三権分立を我が国の統治の基本原則としたのであって、その行政府に対して自律機能を期待し又は依存することは矛盾するからである。

行政権の優位が顕著な我が国では特に、委任立法の限界について厳格な判断が求められる。

本件はまさに、国会が唯一の立法機関並びに国権の最高機関としての自らの使命を放棄する一方、一国家機関である行政府が日本国憲法の理念である三権分立並びに憲法各条文に違反し、もって国民の権利を侵害した重大な事案である。

本件訴訟は、この事実を明らかにし、権力の濫用を匡すため提起したものである。

二 本件訴訟の背景―登記事務のコンピュータ化

本件訴訟の背景となった登記手数料の値上げの経緯は、一司法書士の手になる次の論稿に詳しい(魚津司法書士懇話会『創立七周年記念論集』より)。

戦後登記行政の光と影

―登記特別会計法成立を中心として―

司法書士 松岡眞

一九八五(昭和六〇)年四月成立された登記特別会計法は、「受益者負担の原則に基づき、所要の経費に見合う登記手数料によつて事務処理体制の改善を図り、その利益を利用者に還元しようとするものである」と、法務省サイドから喧伝されている(法務省民事局第一課長・細川清『民事法務行政の歴史と今後の課題』上巻二八九頁)。

しかし、当時民事局長として登記特別会計法成立に並々ならぬ執念をもっていたと言われる枇杷田泰助氏(東京高裁総括判事として退官、現在財団法人民事法務協会会長)をはじめとする法務局関係者の回想談、発言等を詳細に検討、分析を行なうにつれ、この登記特別会計は法務行政官僚がある思惑に囚われた結果として創設された制度であることが見えてくる。

《戦後登記行政は「荊の道」》

登記等の事務は、その制度創設当初から司法省が所管し裁判所が所掌してきた。

現在の法務局は、一九四七(昭和二二)年五月三日、日本国憲法の施行と同時に発足したものである。

従って、戦後の新設官庁として、貧弱で厳しい予算事情のもとで、庁舎施設はほとんど借上庁舎だった。法務局は施設、人員、予算の無い、いわゆる「三無い」組織にして、職員は劣悪な環境下におかれ、まさに荊の道そのものであった。

荊の道を歩む法務局関係者は、登記所自体では登録免許税と手数料で莫大な収入を上げているにもかかわらず、それはみんな一般歳入に入ってしまって、法務局に還元されない状態に不合理性と矛盾を感じていた。

そして登記所で上がった歳入が法務局自体の収入とならないものかと考えていた。

しかしそれは夢物語にすぎなかった。

ところが、現代社会におけるコンピュータ化の波は登記の世界にも及ぶこととなり、枇杷田泰助氏が言うところの「千載一隅のチャンス」が訪れた。登記事務のコンピュータ化は社会的必然となったのである。

登記事務のコンピュータ化を推進していく上での財政的基盤を登記簿謄本等の交付手数料に求めるとして、登記特別会計法を成立させた。

では、枇杷田泰助氏を中心とする当時の法務行政官僚は、なぜ登記のコンピュータ化の財政的基盤を一般歳入予算に求めなかったのか。

彼等には当初から全くそのような発想はなかった。

なぜならば、登記所自体では莫大な登録免許税を上げているにもかかわらず、大蔵省の予算措置は好意的なものとは言えなかった。彼等は「法務局は劣悪な環境下にある」との基本的認識のもとに、独自の収入源を確保したいとの考えに囚われていたのである。

つまり、登記特別会計制度の導入は、登記事務のコンピュータ化を名目として、もっぱら登記所、法務局関係者の環境整備等のために、登記簿謄本等の交付手数料収入を大蔵省から奪取することを主眼とするものである。

「登記制度の利用者に対して、事務処理体制の改善を図り、その利益を利用者に還元させる」などと諭されても、法務行政官僚の態度の強慢さが鼻につくばかりである。

省益、局益を優先し、独自財政基盤を確保した枇杷田泰助氏は、民事法務行政史の上に「中興の祖」として永くその名をとどめるであろう。

《「荊の道」から花園へ》

昭和六一年度予算から登記特別会計が導入され、登記特別会計導入前は三〇億ないし四〇億円程であった法務局関係の単年度の施設整備費は六〇億円と飛躍的に伸びた。その後毎年度八〇億ないし九〇億円が計上されることとなった。

また、昭和六一年度から第一次庁舎整備五ヶ年計画が策定され、特別会計予算による庁舎整備が計画的に実施された。

登記印紙収入と一般会計からの受入により法務局予算は潤沢になり、老朽著しかった木造庁舎は鉄筋コンクリート造に変貌していき、登記所職員の職場環境は格段の改善をみた。

後年、元民事局長枇杷田泰助氏が法務総合研究所の講演会において、「登記特別会計になってから、昔と違っていろいろな面で恵まれ過ぎて、登記所職員はかえってハングリー精神が失われている」と憂慮するまでにいたった。

―法務局は、登記簿謄本等の交付手数料を値上げすれば自然と金が入るという、打ち出の小槌を持った。もはや大蔵省に頭を下げなくても、独自財源でコンピュータ化、施設等の整備ができる、何と登録特別会計とは便利なものか…。

しかしそれは、一方的な、度重なる登記手数料の値上げに忍従している一般国民、利用者の犠牲の上での、法務局内部だけに限られた花園にすぎない。

《花園のバラは色あせはじめる》

ところで、登記特別会計導入当初より、法務局関係の一部から登記特別会計には種々の問題が内包されているとの指摘もあった(松江地方法務局長・牧野巌、前掲書二四二頁)。

「登記特会発足後に庁舎を新営する場合の経費区分については、発足時、次のとおり大蔵省との間で確認された。

1 現単独庁舎(登記特会)を単独庁舎又は法務総合庁舎で整備する場合は、登記特会負担

2 現法務総合庁舎(一般会計)を単独庁舎で整備する場合は、登記特会負担

3 現法務総合庁舎(一般会計)を引き続き法務総合庁舎で整備する場合は、一般会計負担

4 行政合同庁舎で整備する場合は、全て一般会計負担

ところが、右確認の一部が、昭和六二年度以降の法務総合庁舎の新営費負担につき、垣根がほころんでいることは、誠に残念なことに思っている。」

右の関係者の発言にみられるように、一般会計と登記特別会計との経費区分の問題で、法務局は徐々に大蔵省に押し切られ、登記特別会計の負担が増大している。

登記特別会計は登記簿謄本等の交付手数料を登記印紙収入とし、法務局に直接吸い上げるシステムである。一般会計からの繰入れは予算の定めるところによるとされており、予算の定め方によっては、登記簿謄本等の交付手数料の負担する部分が増大することは明らかである。

したがって、大蔵省サイドでは、「あなたたちは独自の収入源を確保しているではないか。新規事業は勿論のこと、経費の増加分もあなたたちの責任でやってください。」ということになる。

登記印紙収入が増加すればするほど、一般会計からの繰入れは増加しないという矛盾が発生する。

大蔵省に対する予算交渉は、かつてのような、登記所を経済発展の基礎となる社会基本であるという位置づけをしての、一方的な要求ではすまない状況である。

金を扱うことにおいては専門家である大蔵官僚と、法務行政官僚との勝負は、はじめから明らかである。

また、このことは次の資料(次頁)からも読みとれる。

このように、一般会計からの受入は思うように伸びず、登記特別会計に頼らざるをえなくなっている。

そこで、登記簿謄本等の交付手数料の値上げ以外に、なにか収入源(金の取れるもの)はと、知恵を絞った。さすが、細部の事は見逃さない登記行政、一九九二(平成四)年から地図に準ずる図面(地図ではないのだ!)の閲覧を有料とし、一枚当り金四〇〇円也を国民に負担させることに成功する。

他方では、小規模の登記所が多数存在するのは予算投下の効率性を阻害するとして、登記所の整理統合を進めている。地元住民の反対を押し切って進めているのである。

登記所を利用する国民にとっては、整理統合により登記所が遠のき、登記特別会計導入後は、手数料の値上げが相次ぎ、時間的、金銭的に負担が増すばかりである。

このような状況において、「登記手数料によって事務処理体制の改善を図り、その利益を利用者に還元する。」との法務局側の主張はどのよう理解すればよいのか。

元民事局長枇杷田泰助氏は、法務局とその職員をこよなく愛する人柄であったと聞くが、その精神は脈々と現在の法務行政官僚に受け継がれ、「愛は盲目なり」となり、登記制度利用者である国民の難儀など眼に入らなくなっているのであろうか。

<登記行政の園に、咲いた花はケシの花か>

ところが最近、いわゆるバブル経済崩壊の影響を受けて、登記印紙収入の伸び率が鈍化し、法務局の財政環境は大変厳しい状態になっている。さらに、コンピュータ導入を推進するにつれて、維持管理、補修、通信費用が当初の見積額を大きく上回っている。

ここにも、財政、計数面に脆弱な法務行政官僚の甘さが露呈している。

このような登記印紙収入の伸び率では登記制度の安定した運営を図ることも困難であるとの状況認識では、関係者一致している。

そこで彼等は、登記印紙収入と一般会計からの受入れの伸び率の鈍化のダブルパンチを受けている現状の打開案を模索している。

現在、打開案として次のものが法務行政官僚から提案されている。

一、登記手数料の値上げ

二、登記申請者から現在の登録免許税(大蔵省収入)以外に、手数料相応分を負担させ、新たに法務局の直接収入源とする。

三、公共団体への登記簿登記簿謄本等の交付の手数料を有料化する。

まことに、登記法の改正をもって財政問題を解決するという、法律万能主義の法務行政官僚的な考え方である。そこには、血眼になって収入源(金)を求める悲しくも、哀れな法務行政官僚の姿がある。

登記特別会計を死守し、手数料のみによって財政的問題を解決しようとする、「手数料という麻薬」を使用する法務官僚は、登記行政の「バラの園」に、何時、如何にしてケシの種子を間違えて蒔いてしまったのだろうか。

登記手数料をもって登記事務コンピューター化、法務局施設・環境改善を図ろうとする、登記特別会計導入の基本理念およびその後の法務行政の基本姿勢そのものを抜本的に考え直すときである。

本来、手数料は実費積算して決定されるべきものである。将来の設備投資、ましてや登記事務をコンピューター化するなどという、抜本的な行政機構整備、施設建設を手数料をもって行おうとすること自体に無理があったのだ。

法務行政官僚は、正面から堂々と、登記事務コンピューター化、法務局施設・環境改善は一般会計で賄われるべきものであると主張すべきものである。

そうでなければ、法務局は、次から次へと新たな収入源(金)を独自に求め、羅針盤なくして暴風の中を進まなければならない。

それは、法務局とその職員はもとより、登記制度を支える国民にとっても、再び不幸な「荊の道」を歩むことになるであろう。

第二原判決の憲法違背

一 〔上告理由第一点〕

原判決には、憲法四一条の解釈を誤って本件根拠法が同条に違反する包括的・白紙的委任立法ではないとした憲法違背がある。

1 本件根拠法には「手数料ノ額ハ物価ノ状況登記簿謄本ノ交付等ニ要スル実費ノ其ノ他一切ノ事情ヲ考慮シ政令ヲ以テ之ヲ定ム」と規定されているところ、上告人が、本件根拠法は国会を唯一の立法機関と位置づけて包括的・白紙的委任立法を禁止した憲法四一条に違反すると主張したのに対し、第一審判決は、「政令で手数料の額を定めるにあたり考慮すべき事項を、『物価の状況』『登記簿の謄本の交付等に要する実費』と具体的に列挙するものの、これに加えて『其の他一切の事情』も掲げていることから、考慮すべき事項について文言上は一見無限定であるかのようである。」としながらも、<1>「手数料としての本質、すなわち国が提供する右の各役務に対する報償として徴収するものであるという性質に適合する限りにおいて、列挙事由に加え、『一切の事情』を考慮できるとの趣旨であると解され、考慮できる事項につき、委任事項及び手数料の性質からくる一定の限界が当然内包されている。」こと及び<2>「立法技術的な側面からみても、『一切の事情』を更に具体化することは困難」であることを理由に、憲法四一条に違反しないとした。

原判決は、右の第一審判決の判断をそのまま是認したものである。

2 しかし、本件根拠法によれば、受任者たる政令制定権者は、手数料の額を決定するにあたり、右根拠法が具体的に列挙した事由以外にも「一切ノ事情」を考慮してよいことになる。そのように「一切の事情」を考慮することを許容すれば、せっかく考慮可能な事由を列挙した意味も失われてしまうのであって、受任者の拠るべき基準に何の歯止めも見出せない。

原判決は「一切ノ事情」を更に具体化することが困難だとするが、それは、実は「一切ノ事情」の内容が無限定であることを自認するに等しいものである。原判決がいうところの「委任事項及び手数料の性質からくる一定の限界」すなわち「国が提供する右の各役務に対する報償として微収するものである」ということを明確に指示する文言を付加すれば、受任者の恣意的判断を制約することは可能であって、そうすることに立法技術上何の支障もないはずである。

本件根拠法は明らかに憲法四一条に違反する包括的・白紙的委任となっている。

しかるに原判決は、憲法四一条の解釈を誤り、本件根拠法が包括的・白紙的委任立法ではないとしたもので、その憲法違背は明らかである。

3 本件根拠法が憲法四一条に違反し違憲無効となれば、これに基づく本件政令もまた無効に帰し、被上告人が上告人になした本件処分は無効となるのであって、原判決の右憲法違背は明らかに判決に影響を及ぼす。

二 〔上告理由第二点〕

本件政令による手数料額の決定は本件根拠法の委任の範囲を逸脱して手数料に上乗せして税金を徴収するもので、憲法八四条の租税法律主義に違反しているところ、原判決には、委任の範囲の逸脱がないと速断して本件政令を違憲無効としなかった憲法違背及び理由不備の違法がある。

1 本件手数料はコンピューター化経費を見込んでその金額が決定されていることは第一審判決が認定し、原判決もこれを是認しているところ、上告人は、コンピューター化経費のうち登記簿謄本交付等の事務(乙号事務)に使われる部分は微々たるものに過ぎないという実態に立って、本件政令が決定した本件手数料額には役務の反対給付(実費弁償)としての性質を超える部分、すなわち租税が上乗せされているので、憲法八四条の租税法律主義に違反すると主張した。

これに対して第一審判決は、「コンピューター化のための経費には、登記簿謄抄本の交付等に要する経費としての性質のほか、登記の審査等の処理に要する経費としての性質を帯びる面があり、観念的にはこれを区別できるものとしても、現実にはこれを区別することは不可能である」との事実認識のもとに、「登記等審査事務(甲号事務)と登記情報管理事務(乙号事務)とが観念上区別できるとしても、両者は密接不可分の関係にあり、かつ後者は前者の存在を前提に始めて可能になるものであって、登記事務のコンピューター化が、右両事務の円滑・適正化に資する関係にあること」を理由に、「手数料を定める場合において考慮されるべき登記簿謄抄本の交付等に要する実費の中には、コンピューター化に要する施設費、右施設運用費、事務処理費等を含む必要経費も含まれる(ものと―引用者補充)解すべきである」と判断した。

原判決は、右の第一審判決の事実認識と判断を是認するほか、「登記制度を整備することは国の基幹的業務であるとされてきたものであるとはいえ、そのことから直ちに登記制度の運用経費は租税収入によって賄わなければならないということになるものではなく、登記制度の導入当初からその制度の運用経費については受益者負担の考え方により賄われてきた」との説示を付加している。

2 右のとおり、原判決は、<1>本件手数料はコンピューター化経費を見込んでその金額が決定されていること、及び<2>「コンピューター化のための経費には、登記簿謄抄本の交付等に要する経費としての性質のほか、登記の審査等の処理に要する経費としての性質を帯びる面があり、観念的にはこれを区別できるとしても、現実にはこれを区別することは不可能である」ということを認めているのであるから、これすなわち、本件手数料に登記簿謄本の交付等の役務の反対給付(実費弁償)として性質を超える部分が上乗せされていることを認めることに外ならない。つまり、原判決は、本件政令が手数料にあらざる性質の部分も上乗せして「手数料」額を決定していることを、事実として認めているのである。

しかし、手数料に上乗せして税金を徴収してよいことにならないのは自明で、それでもなお本件政令が委任の範囲を逸脱していない―もし逸脱していれば、政令限りで「手数料」名下に事実上強制的に金員を賦課徴収することになるので、憲法八四条の租税法律主義に違反する―というのであれば、逸脱していない所以を明らかにしなければならないはずである。ところが原判決は、その点について、およそ理由にならないことが明白な的外れの説示しかしていないので、理由不備(民訴法三九五条一項六号)の違法がある。

すなわち、第一に、「登記の審査等の事務に要するコンピューター化のための経費と登記簿謄本の交付等の役務に要するコンピューター化のための経費が実際上区別できない」―本当に区別できないかどうかについては原判決は何らの審理もしておらず、審理不尽の違法があることは後述する(第三、一)とおりである―というが、このような論理は手数料概念を抹殺するもので、到底成り立たないことは明白である。

第二に、ある公的役務が別の公的役務の存在を前提に始めて可能になるという意味での依存関係は世上幾多もみられ、依存関係に強弱の差こそあれ、すべての公的役務がそのような相互依存関係で結び付いていると言っても過言ではない。しかるに、ある役務の利用者にその前提となる役務に要する経費をも手数料として負担させることができるという原判決の論理が許容されるなら、行き着くところ、例えば、警察、消防、防衛といった公的役務に要する経費についてすら、別の公的役務の利用者から手数料を徴収し、それで賄ってもよいことになる。この原判決の論理が甚だしい暴論であることは多言を要しない。

第三に、原判決は「登記制度の導入当初からその制度の運用経費については受益者負担の考え方により賄われてきた」という事実認識―これが実は証拠に基づかない認定であることは後述(第三、三)するとおりである―を前提にしているが、仮にこの事実認識が正当だとしても、それは、原判決も判示するとおり「財源を確保する方策」として「最も合理的」だという財源政策論にすぎず、法律論ではない。そもそも上告人は、登記制度の運用経費はすべて租税収入によって賄わなければならないなどと主張したのでもなければ、受益者負担の考え方が不当だと主張したのでもなく、登記簿謄本の交付等の役務の反対給付(実費弁償)としての性質を超え部分は手数料として徴収することはできない(超える部分は、事実上強制徴収されるので租税になり、租税法律主義に違反する)と主張していたのである。従って、原審裁判所としては、法律論をもって、本件手数料額の決定が手数料の額を決定すべきとする本件根拠法の委任の範囲を逸脱していないことを論証しなければならかったのであるが、原判決がその論証をしていないどころか、むしろ前記のとおり、手数料にあらざるものが上乗せされている事実を認定しているのである。

以上より、本件政令が憲法八四条の税法法律主義に違反すること、その点を見逃した原判決に憲法違背と理由不備の違法があることは明らかである。

3 本件根拠法が憲法八四条に違反し違憲無効となれば、これに基づく本件政令もまた無効に帰し、被上告人が上告人になした本件処分は無効となるので、右の憲法違背は明らかに判決に影響を及ぼす。

また、理由不備の違法は絶対的上告理由の一つである。

第三原判決の法令違背

一 〔上告理由第三点〕

原判決には、本件手数料の金額決定が手数料の性質を逸脱していないと判断したことにつき、審理不尽及び理由不備の違法がある。

1 上告人は、原審において、<1>一般に手数料の額は、手数料が「役務に対する報償ないし反対給付」である以上、当該事務に要する人件費・物件費のコストを算出して実費計算し、これを積み上げて決めることができるし、またそうする必要があること、<2>本件においても、甲号事務経費と乙号事務経費を区別できるし、そうする必要があり、現に法務省民事局関係者も「手数料収入によって登記の審査等事務に必要な経費を賄うことはできない」とし、これを区別する運用がなされてきていること、従って、<3>両者を区別できないとする第一審判決の判断は事実に反する独断であること、さらに、<4>甲号事務と乙号事務が「密接不可分の関係にあり、かつ、後者は前者の存在を前提に始めて可能になるものであって、登記事務のコンピューター化が、右両事務の円滑・適正化に資」する関係にあるからといって、前者の経費まで後者の経費に含めることを許容する論理は、結局のところ、すべての公的役務の経費を「手数料」の名目で賄い、これを租税に代替させる結果に繋がり、到底成り立たない暴論であることを主張し、この主張に立って、本件手数料の金額の算定根拠を具体的事実に基づいて明らかにしたうえで、本件政令が本件根拠法による委任の範囲を逸脱していないかどうか司法審査するよう強く求めた。

ところが、原審裁判所は、上告人が再三要請したにも拘わらず、本件手数料額の算定根拠につき被上告人に一切釈明を求めず、また、上告人が本件手数料額の決定に携わった法務省民事局関係者の証人尋問や登記特別会計歳入歳出予算関係文書の送付嘱託を申し立てたところ、これをことごとく却下し、本件手数料の金額の算定根拠についての審理をまったくしないまま、本件根拠法の委任に範囲を逸脱した手数料額の決定はなかったと結論づけている。

2 しかしながら、本件手数料の金額の決定にあたって、如何なる要素が考慮され、如何なる実費を積み上げて金額が算出されたのか、その点を具体的に審査しないでおいて、本件根拠法の委任の範囲、すなわち手数料の性質とは異なるものになるような金額決定はしないという限界を逸脱していないかどうか判断できる道理がない。

そのことは、甲号事務処理のためのコンピューター化経費も乙号事務処理の実費に含めてよいとの原判決の立場に立ったとしても、同じことである。すなわち、仮に原判決の立場に立ったとしても、その次に、コンピューター化経費をいくらに見積もったのか、その見積に合理的な根拠があるのか、本来は実費に算入できない経費も算入していないか等々、はたして本当に手数料に見合う経費が正しく積算されているか審査する必要があり、その審査を経ない限り、委任の範囲の逸脱の有無は判断できないはずなのである。

しかるに原判決は、甲号事務処理のためのコンピューター化経費も乙号事務処理の実費に含めてよいとの考え方を説示しただけで事足れりとし、本件手数料額の決定が手数料としての性質を逸脱していないかどうか、事実に照らして審査することを一切放棄したまま、逸脱なしとの結論を導いている。

従って、原判決が審理を尽くしていないこと、委任の範囲の逸脱なしとする判断に理由が付されていないことは明らかである。

3 この原判決の審理不尽は、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背(民訴法三九四条)である。

また、理由不備は絶対的上告理由(民訴法三九五条一項六号)である。

二 〔上告理由第四点〕

原判決には、現在無料扱いになっている官公庁請求に係る乙号事務処理の経費が本件手数料金額に上乗せされて登記簿謄本交付請求者の負担に転嫁されていないかどうか審理を尽くさないまま、本件根拠法の委任の範囲を逸脱した手数料額決定がないと判断したことにつき、判断遺脱、審理不尽及び理由不備の違法がある。

1 上告人は、登記手数料令七条の規定により官公庁の請求に係る登記簿謄抄本の交付手数料が無料とされていることについて、その官公庁の請求に係る乙号事務処理に対応する費用・実費の負担が果たしてどうなっているかを問いかけ、<1>もしそれが一般利用者の手数料に転嫁されているとすれば、一般利用者は自分自身が受けた役務の対価を超える負担をさせられる結果となり、その負担は手数料とは異質のものになること、<2>その場合には、本来租税(一般会計)で賄われるべき費用を登記手数料令七条の規定によって、つまり法律によらないで負担させられることになり、憲法八四条の租税法律主義に違反することを主張し、この主張に立って、官公庁請求に係る乙号事務の件数やそれが乙号事務全体の中に占める割合、これに対応すべき手数料部分の負担の帰属先等を明らかにし、官公庁請求に係る乙号事務処理の経費が一般利用者の負担に転嫁されていないかどうか、具体的事実に即して解明するよう求めた。

これに対して原審裁判所は、上告人が再三要請したにも拘わらず、この官公庁請求の乙号事務の費用・実費の負担関係について被上告人に釈明を求めることすらせず、また、それを解明するために上告人が申し立てた調査嘱託も却下し、官公庁請求に係る乙号事務処理の実態について何らの審理もしないまま、「国等による登記情報の利用が公益性を有し、かつ官公庁が相互に協力関係にあることに鑑みると、同条―登記手数料令七条を指す(引用者注)―の規定が直ちに不合理であるとまでは断ずることはできない。」と判示している。

2 しかし、上告人が原審裁判所に判断を求めていたのは、官公庁請求の乙号事務の手数料を無料にすること、そのこと自体の合理、不合理ではない。無料扱いが公益性ないし相互協力関係から許されるとしても、官公庁の請求に係る乙号事務に対応する費用・実費の負担が一般利用者の手数料に転嫁されているなら、一般利用者が負担する手数料の額は自分自身が受けた役務の対価を超える負担となり、もはや手数料の性質を逸脱するのではないか―判断を求めたのはこの問題点である。

しかるに原判決は、まったく事実審理をしないまま前記のとおり判示したもので、上告人が判断を求めた肝心要の右の疑問点には応答していない。この原判決に「判決に影響を及ぼすべき重要なる事項に付判断を遺脱した」(民訴法四二〇条一項九号)違法及び審理不尽の違法があることは明白である。

さらにまた、原判決は、官公庁の請求に係る乙号事務処理に対応する費用・実費が一般利用者の手数料に転嫁されていないかどうか審理せず、その点について判断しないまま、本件手数料額の決定は本件根拠法の委任の範囲を逸脱しないとの判断を導いているのであるから、結局のところ、理由不備の違法も犯していると言わざるを得ない。

3 右の判断遺脱の違法は再審事由に該当し、上告理由としての法令違背(民訴法三九四条)にもなるところ、右の審理不尽の違法ともども、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

また、右の理由不備は絶対的上告理由(民訴法三九五条一項六号)にあたる。

三 〔上告理由第五点〕

原判決には、登記制度の運用経費がその導入当初から受益者負担の考え方で賄われてきたと認定したことにつき、弁論主義違反、理由不備、採証法則違反、論理則違反を犯して証拠に基づかない事実認定を行った違法がある。

1 原判決の事実認定

原判決は、四枚目裏七行目において次のように判示している。

(一) 「その制度運用の経費については、実質的には、当初から登記制度の利用者に負担させるとの受益者負担の考え方により賄うこととされてきたものであり、登記事務処理体制の効果的、抜本的な改善を図るためには、右のような考え方で必要な財源を確保する方策が最も合理的なものとして考えられたためである。」

また、五枚目表判八行目において次のように判示する。

(二) 「登記制度の導入当初からその制度の運用経費については受益者負担の考え方で賄われてきたものであることは前示のとおりであって……」

これらの認定は第一審判定にはなく、原判決において突如判示されたものである。

2 弁論主義違反

言うまでもなく、民訴法の採用する弁論主義は、裁判所が判決する場合に、当事者の提出していない証拠によって事実認定をしてはならず、また、当事者の主張していない事実を認定してはならないことを要請し、これに違反すれば弁論主義違反の「法令の違背」(民訴法三九四条)となる。

この点、原判決の右事実認定をみると、被上告人は右のような主張は一切行なっていないし、また、これを裏付ける証拠も提出していない。

右事実は、本件政令が本件根拠法の委任の範囲を逸脱していないこと、ひいては本件処分の適法性を基礎付ける重要な事実であるから、当事者が主張していないのに原判決がこれを認定したことは弁論主義に違反する。また、原判決の右事実認定を根拠付ける証拠は存在しないから、証拠に基づかない事実の認定であり、その点でも弁論主義に違反する。

3 理由不備

さらに、原判決は、右の事実認定に際して、如何なる証拠によって右事実を認定したのか何ら説示するところがない。この点において、原判決は証拠説明を欠き、理由を欠いた判決であるから、民訴法一九一条一項三号に違反する。

4 採証法則違反

なお、右に検討したとおり、右認定は証拠説明を欠き、また、これを根拠付ける証拠も見当らないため、右2、3の理由により違法となるものであるが、仮に次の証拠に基づいて認定したものであれば、原判決の右認定は明らかに採証法則の違反を犯している。

すなわち、原判決の右認定に関連すると思われる証拠としては、甲第四号証の一頁にある

(1) 「登記制度が創設された明治以来、登記制度の運用経費は、受益者負担の考えによって賄われているとされて来たが、制度上は明確ではなく、一般国民による負担として扱われて来た。つまり、一般会計によって賄われて来た。今回の特別会計の創設は、登記制度の運用経費について、受益者負担の考え方を明確にし、登記制度の利用者の負担において賄うことを制度上明確にしたものである。」

との記載部分及び同号証の四頁

(2) 「登記制度は司法秩序を支える基本的な制度であり、したがって、登記事務は国の基幹的業務であるとされているが、その制度の運用の経費については、その形式的な制度はともかく、実質的には、当初から登記制度の利用者に負担させるという受益者負担の考え方により賄うこととされてきたということができよう。」の記載部分があるのみである。

しかし、右(1)より明らかなとおり、登記制度の運用経費がこれまで、現実には一般国民による負担、すなわち一般会計によって賄われて来たことは明白であり、原判決の前記1のような認定は到底できない。

なお、右(2)の部分は、自らが(1)の部分で明らかにした事柄とは異なる、(1)と齟齬する内容になっているが、(1)の部分から(2)の部分に至る記載中には、(2)の部分がいう「実質的には、当初から登記制度の利用者に負担させるという受益者負担の考え方により賄うこととされてきたということができ」る何らの理由ないし根拠も触れられておらず、他にこれを裏付ける資料もない。従って、右(2)の部分に依拠して原判決のような認定をすることは、前後矛盾し到底信用できないことが明らかな証拠によって事実を認定している点で、やはり採証法則違反を犯すものである。

5 論理則違反

また、原判決の判示内容自体を検討するに、前記1で指摘した二個所の引用部分のうちの(一)部分では、

「その制度運用の経費については、実質的には、当初から登記制度の利用者に負担させるとの受益者負担の考え方により賄うこととされてきた」

とし、(二)部分では、

「登記制度の導入当初からその制度の運用経費については受益者負担の考え方で賄われてきた」

としている。

しかし、「賄うこととされてきた」というのは理念ないし建前を、「賄われてきた」という現実を意味しており、両者は異なる事柄である。しかるに、原判決は「前示のとおりであって、」としてこれを混同し、または同一視している。これは全く非論理的であり、原判決の右判示部分は論理則違反の違法を犯している。

6 右各違法による事実誤認

原判決は、右に挙げた違法を犯すことにより、本件処分の適法性を基礎付ける事実を認定して本件処分を適法と判断し、上告人の訴えを棄却した。

しかし、右事実は明白な事実誤認であり、右各違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

すなわち、原判決の右認定のような「実質的には、当初から登記制度の利用者に負担させるとの受益者負担の考え方により賄うこととされてきた」り、「登記制度の導入当初からその制度の運用経費については受益者負担の考え方で賄われてきた」という事実は、以下のとおり全くないのである。

(一) 不動産登記制度を利用する場合、国民は二つの負担を求められる。それは、登記を申請する際に徴収される登録免許税と、登記簿謄本等の交付を受けるときに支払う登記手数料である。それらについて不動産登記制度の成立過程を振り返えりながら確認しておく。

(二) 登記制度の起源は、明治維新後、我が国に最初に登場した不動産に関する国家制度である明治五年の地券制度である。

これは、土地譲渡について土地の譲渡が行われるごとに当事者が地券の交付または書替の申出をして土地価格を基準とする証印税を納めることとしたものである。

その後、地券制度は所有権の変動を明からにすることができても担保権の設定等に関しては公示することができなかったため、明治六年「地所質入書入規則」により土地に関する質入(質権設定)及び書入(抵当権設定)についての公の承認を与える制度として「奥書印証」「奥書割印帳」制度、すなわち公証制度ができ、その後、明治八年「建物書入質規則並びに売買譲渡規則」により建物の所有権移転及び質入書入について採用された。その結果、土地に関しては、所有権移転についての地券書換え手続は郡役所で、また、担保権設定の手続は町村戸長役場でそれぞれすることとされているのに、建物に関してはいずれも町村戸長役場でできて同じ不動産でありながらその手続が異なること、および郡役所での地券書換え手続はときには数か月も要することなどがあったため、明治一三年「土地売買譲渡規則」が公布され、これによって土地建物双方について同一の公証制度が採用されることとなった。

この日本初の登記制度である公証手続は町村戸長が行い、それは無手数料であった。地方によっては町村の協議により何らかの名目で徴収したところもあったため、地方庁で特にこれを禁止したところもあるくらいだった。

この公証制度は様々な欠陥があり、政府は登記法制定のため調査を開始した。その主な動機は、この欠陥是正による国民の権利保護ではなく、登記税の徴収、すなわち国家の財政的理由であった。そのことは、調査の所管庁が当初、内務省であったことからもよくわかる。その後、所管が司法省に移ったが、その主目的は変らなかった。司法省原案では登記税は(建前は)登記の施設に国費を要する故にこれを課する旨を説いたようであるが、本法(登記法)が収税主義でないことを示すべく、修正案において登記税は登記料と改称され、その税率は半減された。しかしこれは形だけであって、実体は徴税が目的であることには変わりはなかった。けれども、この修正は、当時の政府にはまだ登記制度を徴税のためのものと明言することに多少なりとも抵抗があった証左である。

(三) そして、明治一九年、我が国最初の制定法である「登記法」(法律第一号)が公布された。その第四章に登記料及び手数料の項が設けられ、登記申請する場合に納める登記料と登記簿の謄本の交付等の手数料が規定された。この「登記法」は、国民の評判は非常に悪く、国の予定する税収の半分にもならない結果であった。その要因の一つは、それまでの「奥書印証」「奥書割印帳」制度が無手数料であったところに高額な登記料徴収が行われたことにあった。そこで国はやむなく、相続に関してであったが、明治二三年登記法の改正を行い登記料の減額をした。

(四) その後、明治二九年に「登記法」を廃止し現行「不動産登記法」が制定したのを機に、登記料については「登録税法」の創設により登録税を納めることとなり、他方、手数料の額の決定については不動産登記法上何ら規定がなく、司法省令の「登記簿ノ謄抄本交付等手数料規則」によることとなった。

この「登録税法」は、「登記法」と同時に施行される予定であった登記税が、前記のとおり結果は登記料の徴収にとどまり登記税の誕生は延期されたままであったところ、明治二七・八年の日清戦争後の国費の膨張に伴う増税に迫られた結果、登録税は「納税者の負担は極めて軽く、其の徴収費亦僅少にして好箇の財源なりと認め」られるとして制定されたものである。その後この登録税法は昭和四二年に登録免許税法となり今日に至っている。

一方「手数料規則」については、昭和二四年の不動産登記法の改正により現行法の二一条三項が新設され、登記手数料令により決定されることとなった。

(五) 以上のとおり、「登録制度の導入当初からその制度の運用経費については受益者負担の考え方で賄われてきた」ということは全くなく、むしろ、登録に伴う費用については一般財源と位置付けられており、他方、登記簿謄抄の交付手数料についてはいわゆる「手数料」と位置付けられ、これを超える登記制度の維持のための財源と位置付けられたことは一度もないのが歴史の真実である。

7 ちなみに、右4で引用した証拠は本件処分の原因となった登記特別会計制度の立案者が発表した論文で、その証拠としての価値を検討すれば、本来、いわば一方当事者の主張程度の価値しか有されないはずのものである。しかも、その文章の内容をみれば、何らの論拠も示されておらず、右6で明らかにしたとおり、歴史的事実に反する執筆者の独断にすぎない。

このようないい加減な証拠に基づき、原判決のような杜撰な事実認定と論理で、登記簿謄本等の請求者に対して将来にわたり毎年数百億円もの負担を押しつけられては、とてもたまったものではない。

第四司法の信頼を回復するために

―乱暴な訴訟指揮、性急な判決の背景―

一 本件の第一審では、被上告人が、甲号事務経費と乙号事務経費が区別できることを前提に、本件手数料は乙号事務に要する経費に基づき実費を積算して算出したと主張していたところ、第一審裁判所は、この被上告人の主張を敢えて曲げてまで両事務の経費は区別できないという理由を持ち出すことによって本件政令の違憲性に眼を瞑り、本件処分を適法と判示した。

原審裁判所は、本件処分の適法性を適正に判断するためには本来必要不可欠な上告人指摘の多数の争点について、被上告人に釈明を求めて争点を明確化させることをせず、重要な証拠の取調べ請求もことごとく却下した揚げ句、これまでに検討してきたとおり、弁論主義、採証法則、論理則に違反する杜撰な事実認定をもとに、やみくもに本件処分を適法とする判決を行なった。これを一言で評すれば、乱暴な訴訟指揮に性急な判決である。

二 両裁判所の右の措置は通常では考えられないものであるが、このような通常あり得ない措置がなぜ繰り返されたのか。

今般の沖縄県知事に対する職務執行命令訴訟においてもみられたように、裁判所の行政追従の姿勢は顕著で、これには司法の任務を放棄するものとの厳しい批判が加えられてきた。しかし、本件の両裁判所の異常な措置には、この裁判所の行政追従姿勢だけでは説明がつかないものがある。

上告人が原審での裁判官忌避申立てにおいて指摘したとおり、本件では、訴訟で焦点となっている登記事務のコンピューター化事業とその財源の手当に関する方策を、第一審裁判官及び原審裁判官らにとって先輩または同僚にあたり、若しくは「判検交流」によって上司となり得べき裁判官が、法務省民事局内の役職者の立場からこれを推進してきた。この裁判官同志の庇い合いないし遠慮が、本件担当裁判官をして右の異常な措置をとらせたのである。

ちなみに、本件訴訟の審理対象となった本件処分の関連法令の作成及び本件裁判に関与した裁判官の経歴は次のとおりである。

(1) 枇杷田泰助 登記特別会計法立案、推進者

司法研修所六期

五四年 浦和地家裁判事補

五八年 法務省民事局付検事

六六年 同局参事官

六八年 同局第三課長

七四年 同局参事官

七五年 同局第一課長

七六年 法務大臣官房会計課長

七八年 同司法法制調査部長

八一年 東京高裁判事

八三年 法務省民事局長

八六年 東京高裁判事

同年  静岡地裁所長

八七年 東京高裁部総括判事

九〇年 退官

(2) 清水湛 登記特別会計法及び本件政令立案、推進者

司法研修所一二期

六〇年 東京地家裁判事補

六二年 法務省民事局付検事

七二年 同局第五課長

七四年 同局第二課長

七五年 同局第三課長

八一年 同局第一課長

八四年 法務大臣官房審議官

八五年 同会計課長

八六年 同司法法制調査部長

不詳  法務省民事局長

九三年 東京高裁判事

(3) 玉越義雄 被上告人第一審指定代理人

司法研修所三六期

八四年 京都地裁判事補

八六年 名古屋地家裁一宮支部判事補

八九年 岡山地家裁判事補

九二年 名古屋法務局訟務部付検事

九五年 東京地裁判事

(4) 中山孝雄 第一審右陪席裁判官

司法研修所三九期

八七年 大阪地裁判事補

八九年 長野地家裁判事補

九二年 富山地家裁判事補

九五年 名古屋法務局訟務部付検事

三 右のとおり、第一審判決に関与した裁判官はその後名古屋地方法務局付検事となり、原審での被上告人指定代理人の後任となっている。裁判官時代に被上告人側に厳しい判決を書けば、極めて居辛いことであろう。また、第一審の被上告人指定代理人はその後東京地裁判事となったが、本件訴訟の審理対象となった法令の推進者は東京高裁におり、裁判官相互間に裁判上は直接の指揮命令関係はないとは言え、この法令推進者を司法行政上のいわば上級庁の役席者として載く関係になっている。その後任の中山裁判官も将来同様の関係にならない保証はないし、原審に関与した裁判官も、いつどこで法令推進者が上司、同僚になるかわからないのである。

以上の次第で、第一審及び原審に関与した裁判官は、本件政令の憲法適合性や本件処分の適法性を公正に判断する資格に疑いが持たれるものであり、また、そもそも最高裁判所を除く裁判所の裁判官には、本件の如き先輩裁判官が中心となって推進した法令の憲法適合性や、これに基づく処分の適法性を適正に判断する資格に欠けるものと言える。

本来公正であるべき裁判官の判断資格に対する右の疑念は、単なる疑いでは済まなかった。これまでみてきたとおり、通常の裁判ではありえない異常な措置が第一審及び原審で現に繰り返された事実によってこれが裏付けられてしまったことは、国民の眼からは明白である。

四 最高裁判所には、主権者国民から信託された司法権の最高責任者として、失われた司法に対する信頼を取り戻す重大な責務がある。

最高裁判所がこの責務を完うする唯一の途は、本件の原判決を破棄し、その誤りを匡すこと以外に見出せない。

上告人の上告理由

一 訴訟提起に至るまで

1 私と登記とのかかわり

私は、昭和四九年に司法書士を開業し、二〇年間登記申請手続をその主たる職務としてきました。私の父も昭和四九年に他界するまで二三年間司法書士として職務に精励しておりました。ささやかなマイホームを取得し以後二〇年又は三〇年のローンを背負っていく共稼夫婦やいわゆる猫の目農政に振り回されながらももくもくと農業に従事している農家等の人々が私の大部分の依頼人で、それらの人々の登記制度に対する信頼を維持すべく自分なりに努力してきました。親子何代にわたって登記手続をはじめその他の様々な相談を受けたり、また、父や私が代理して作成された権利書(登記済証)を三〇年も四〇年も大切に保存してくれていることなどをみるにつけ、この司法書士としての職業に誇りと生き甲斐を感じるのです。

ところが、この登記制度に見逃せない事態が起きたのです。それは相次ぐ登記簿謄本等の交付手数料の値上げでした。

2 登記簿謄本等の交付手数料値上げの不合理

登記簿謄本等の手数料は、以前は一枚いくらの枚数による計算でしたが、昭和五二年三月一日より一通当りいくらの通数主義に変わり、一通三〇〇円になりました。その後、昭和六〇年には四〇〇円となり、それが平成二年四月一日から五〇〇円、平成三年四月一日から六〇〇円、そして平成五年一月一日からは八〇〇円と値上げされてきました。僅か三年足らずのうちに二倍になったのです。

一般にマイホーム等の登記手続きをする場合には、多いときは、一〇通以上も登記簿謄本を請求する必要があり、その手数料が一万円を超える場合もあるのです。また、私のいる地方では都会の土地のように一坪何百万、何千万もするような土地はありません。むしろ、農地法により制限されたり、山間地の耕作のままならぬ農地や手入れのゆき届かない山林原野など経済的価値が極端に低い土地が多いのです。全国的にみても都会のように異常な高値のつく土地は少ないでしょう。農地や山林原野などには一坪一〇〇円にもならないものがあります。そのような土地の相続は一〇〇筆、二〇〇筆を登記する場合があります。登記申請の事前調査のため一〇〇筆の登記簿謄本を請求すればそれで八万円の手数料です。その依頼人は売却等するつもりはなく相続登記をするだけですが、その登記が正しくされたかどうか確認するため(登記所の事務を処理する者も人の子であり間違うこともまれではありません)さらに登記簿謄本を求めるのです。その人に登記簿謄本代として計一六万円支払いなさいと言って納得するでしょうか。

この値上げについて、法務省の説明では、近年の登記申請や登記簿謄本等の請求の増大に対する事務の抜本的解決のために、登記事務のコンピューター化すなわち現在の登記簿という用紙に記入して「登記」するやり方からコンピューターの磁気ディスクにデータ(情報)としてインプット(記憶)させる方法に変更して、そのデータをプリントアウトしたもの(登記事項証明書)を登記簿謄本に代わるものとして交付するシステムに移行することが必要であり、そのための経費の財源は、受益者負担の原則により登記簿謄本等の交付を請求する者に負担を求めることが妥当であるので、登記簿謄本等の手数料を値上げすることにした、とのことでした。

しかし、私には、この理屈は全く理解できないものでした。なぜなら、第一に登記制度は我が国において唯一の不動産の権利関係を公示する制度であって、国の基幹的制度です。登記事務のコンピューター化はこの制度の抜本的な改革であり、したがってその経費は国の一般財源を以って賄うのが当然です。また、登記簿謄本等の手数料は実費相当額でなければなりません。登記簿謄本とは登記簿原本をコピーしたものにすぎず、通常はB四の用紙三枚程度であり、市中のコピーサイズでは一枚一〇円、三枚なら三〇円でコピーできます。また、国民に直結した行政サービスである住民票謄本は二〇〇円、戸籍謄本は提訴当時四〇〇円でした。登記簿謄本の請求者は、なぜ何倍もの手数料を支払わなければならないのでしょうか。登記事務のコンピューター化が未だ実施されていない登記所でも同額の手数料を支払わなければなりません。これも納得できないことです。

3 訴訟提起の決意

平成四年夏頃に翌年一月一日より登記簿謄本が一通八〇〇円に値上げされるとの情報が伝えられ、その値上げがどのように決定されたかを確認したところ、閣議決定という登記手数料令の制定で値上げが決められたことを知り、これでは行政側(法務省)の一方的な判断による国民を全く無視した値上げであると確信しました。

それまで幾度か私たち司法書士の団体による値上げ反対の決議や一三万名を超える請願署名等がなされましたが、値上げを阻止することができませんでした。そこで、不合理な値上げを国民に知らせる必要があると考え、そのためには訴訟を提起するしかないと決断しました。

そこで、平成五年一月のある集会の場で友人たちにその決意を表明したところ、そのようなことをすると私の仕事に支障を来すのではないか、訴訟を継続することは精神的にも経済的にも大変だ、と反対されました。

しかし、登記簿謄本等の交付手数料の不合理な値上げに対してここまで沈黙を守るならば、国民の登記制度への信頼と登記専門識である司法書士に対する信頼を喪失することにつながります。晩年の父がよく、司法書士は国民の信頼があって存在するのだと言っていたことを思い出し、できるところまでやってみようと決意しました。

二 第一回口頭弁論を迎えるまで

1 提訴の反響・反応

平成五年三月一一日に富山地方裁判所に訴状を提出しました。

数日後に全国新聞の朝刊で登記簿謄本の交付手数料について裁判を提起したことが報道され、その朝、遠く埼玉県より「今新聞を見ました。私もこのたびの値上げには憤慨しています。ぜひ裁判頑張って下さい。」との電話を頂いたのをはじめとして、その後も続々と、不動産業の人や司法書士、土地家屋調査士など業務として登記制度を利用している人々から激励の手紙や電話がありました。また、私の事務所に来る一般の人々もその内容を説明すると誰もが憤慨し、そのようなことが許されるのか、裁判で法務省のやり方を糾弾して欲しい、と応援してくれました。私が登記申請のために出向く法務局でも、職員は「自分でも高いと思っている」とか、「登記簿謄本交付の申請窓口で一般の人から高いと言われ、説明できなくて困っている」などと言っていました。

こうした支援の声は私にとって大きな励ましとなりました。

2 司法書士会の綱紀委員会による調査

訴状を提出し、第一回口頭弁論の準備をしていたところ、私を「懲戒処分」にするとの話が伝わってきました。しかし、どう考えてもこの裁判提訴が懲戒処分の対象になるとは思われないので、まったく気にも留めていませんでした。ところが、四月三〇日に富山県司法書士会綱紀委員会より事情聴取のための出頭要請書が郵送されてきました。その理由は、私が行った改定前の手数料による登記簿謄本交付請求が、司法書士法第一条の二(司法書士は、常に品位を保持し、業務に関する法令及び実務に精通して、公正かつ誠実にその業務を行わなければならない。)及び会則第七四条(会員は、法令又は嘱託の趣旨にそわない書類を作成してはならない。)の規定に触れると思われるということでした。しかし、私は、個人として登記簿謄本の交付請求をし、そしてその却下を争って訴訟を提起したもので、司法書士としての行為ではなかったのです。仮に司法書士としての行為であっても、手数料の改定を無効と考えることは一つの法律的見解であり、その見解に基づく行為が非難の対象になるはずはありません。そこで、これを無視することも考えましたが、綱紀委員会の調査がいかに不当なものであるかを述べるため、出頭要請に応じることにしました。

五月一一日、司法書士会会議室で開かれた綱紀委員会に出頭しました。そこで提示されたものは、私が法務局に提出した登記簿謄本交付請求書(却下の印のあるもの)と不足の金額については納める意思がないことを表示した私の文書のコピーでした。そして、綱紀委員会では、これらの書類は私が出したものか、何故六〇〇円で申請したのか、不足金を納める意思がない旨を記した書面を敢えて付けた理由は何か、この件に関する私の意見はどうか、の四点について質問がありました。また、この調査結果は緊急を要するので一〇日までに会長に報告することを求められていたとのことでした。

私が法務局に提出した書面のコピーが綱紀委員会の手元にあるということは、法務局側が司法書士会に何らかの働きかけを行った証拠でしょう。法務局側は、末だ口頭弁論も開かれていない段階で、法務局長の監督下にある司法書士会に登記官を訴えた司法書士を呼び出させ、懲戒処分を仄めかしつつ提訴の経緯や目的について探りを入れたのです。これは裁判への不当な干渉にほかなりません。

司法書士会は後日、綱紀委員会の調査は妥当性を欠くものであったとして陳謝し、一応の決着をみました。しかし、司法書士会による不当な裁判干渉に法務局側が関与した事実は消えません。

三 上告申立てに至るまで

1 支援の全国的広がりの中で

新聞に報道されたり、私が全国青年司法書士連絡協議会の全国代表者会議で趣旨説明をしたりしたことで本訴訟が全国的に知られるようになり、それに伴って本訴訟の支援の輪が広がっていきました。北は北海道から南は沖縄まで、全国の司法書士から支援の声が上がり、趣旨に賛同するとの激励文も続々と寄せられるようになりました。

このようにまったく見も知らない人々から熱い激励を受け、法務省のこの度の登記手数料の値上げについてはやはり多くの人が不合理であると感じていることが判り、提訴は間違いではなかったと確信しました。

また、訴訟を支援する会が結成され、活発な支援活動がなされています。現在のところ二〇〇名を超える司法書士の仲間が入会し、全国各地から裁判傍聴に駆けつけてくれました。

2 失望の一・二審判決

しかし、裁判所は一審でも二審でも、私の証拠申出をことごとく退け、まったく実質審理をしないまま、私の主張に真正面から答えようともしない不当な判決を下しました。

多くの支援者が注視する中で裁判所が行ったこの暴挙は、失望と怒りを呼び起こし、司法に対する私たちの信頼を裏切るものでした。

四 最高裁判所に期待して

最高裁判所におかれては、私が本訴訟を提起するに至った事情をご理解のうえ、また全国の支援者の篤き思いを真摯に受けとめられて、原判決の誤りを匡し、司法に対する国民の信頼を回復されんことを願って本上告に及んだ次第です。

法務局関係予算(政府案)にみる年度別「登記特別会計」歳入額及び「登記情報システム実施経費」の推移

年度

<1>登記印紙収入

一般会計より受入

その他

<2>総額

登記情報システム実施経費

<1>/<2>

昭和61年

349億円

507億円

26億円

883億円

14億円

39%

昭和62年

352億円

545億円

47億円

944億円

19億円

37%

昭和63年

390億円

566億円

61億円

1,017億円

48億円

38%

平成元年

425億円

580億円

91億円

1,097億円

93億円

38%

平成2年

589億円

618億円

43億円

1,251億円

163億円

47%

平成3年

724億円

655億円

46億円

1,427億円

235億円

50%

平成4年

703億円

684億円

47億円

1,436億円

277億円

48%

平成5年

867億円

686億円

20億円

1,573億円

366億円

55%

(注)1億円以下は切り捨てた

(注)登記印紙収入には登記簿等の謄・抄本、閲覧等の他確定日付記入及び抵当証券交付の手数料を含む

(注)その他は、雑収入、前年度余剰金の受入の合計額

「民事月報」より

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